
北川悠仁(ゆず)の生い立ち!宗教家の母親と父親など家族まとめ
フォークデュオ「ゆず」のメンバー・北川悠仁の生い立ちと家族についてまとめました。ゆずとしてデビューするまでの生い立ち、宗教家として知られる父親・母親の情報、北川悠仁と宗教の関わりや家族のエピソードをお届けします。
北川悠仁とは
名前:北川悠仁(きたがわ ゆうじん)
生年月日:1977年1月14日
出身地:神奈川県横浜市磯子区
身長:173cm
血液型:A型
岩沢厚治とのフォークデュオ「ゆず」のメンバーである北川悠仁。
1997年に「ゆずの素」をリリースしてインディーズデビューし、1998年にリリースした1stシングル「夏色」、2ndシングル「少年」がヒットしたことで人気ミュージシャンの仲間入りを果たしました。
これまでに「栄光の架橋」「サヨナラバス」など数々のヒット曲を生み出しています。
ゆず「栄光の架橋」Music Video - YouTube
出典:YouTube
多くの人に愛される存在となった「ゆず」において、北川悠仁はボーカル・ギター・タンバリン・ピアニカ・カズー・口笛を担当しています。
ここでは北川悠仁の生い立ちと家族についてまとめました。
学生時代からデビューまでの生い立ち、宗教家として知られる父親・母親など家族の情報をお届けします。
北川悠仁の生い立ち
まずは北川悠仁の生い立ちから見ていきましょう。
北川悠仁は神奈川県横浜市出身で、横浜をホームタウンとするサッカー・Jリーグの横浜F・マリノスのファンとして有名です。
北川悠仁には兄がおり、その兄が使っていたドラムセットを借りて叩いてみたことで音楽に目覚めました。
デビュー前から自作曲を生み出し、ゆず結成前に「マリア」という曲を作り、「種」という曲はゆずの3枚目のシングル「からっぽ」に収録されました。
家族にバレないように布団をかぶってこっそり録音したという思い出もあり、ゆずとしてデビューする前から音楽に夢中になっていたことが窺えます。
生い立ち:メジャーデビュー前は俳優業をしていた
ゆずのメンバーとして知られる北川悠仁ですが、実はミュージシャンになる前は俳優として活動していたことがあります。
ゆず結成前の1995年にオリジナルビデオ「女子高生コンクリート詰め殺人事件 -壊れたセブンティーンたち」に少年C役で出演し、その後も1996年の映画「エコエコアザラクII -Birth of the Wizard-」岡崎役、1997年のテレビドラマ「名探偵保健室のオバさん」生徒会長役、「エコエコアザラク」棟丘丈人役などを務めてきました。
その経験を活かし、ゆずとしてブレイクを果たした後の2008年にはフジテレビ月9ドラマに出演を果たしています。
ドラマ「イノセント・ラヴ」で連続ドラマのレギュラーに抜擢され、堀北真希演じるヒロイン秋山佳音の相手役・長崎殉也を演じました。
生い立ち:1996年「ゆず」結成
北川悠仁と岩沢厚治の二人からなるゆずですが、二人の出会いはなんと小学生の頃です。
しかし小学生時代はクラスが違ったため面識はほとんどなく、その後中学3年生の時に初めて同じクラスになったことで仲良くなりました。
北川悠仁と岩沢厚治は中学時代にキャンディーズの「春一番」を一緒に歌うなど共に音楽を楽しみ、別々の高校に進学しながらもバンドを結成して音楽活動を始めています。
当初は北川悠仁がドラム、岩沢厚治がボーカルを担当し、ベース、ギター担当のメンバーもいる4人組バンドでしたが、ベースとギター担当の2人と合わないという理由で2人のフォークデュオが結成されました。
1996年3月に結成されたゆずは、地元・神奈川県横浜市でストリートライブを中心に音楽活動をスタート。
最初は立ち止まってくれる客もほとんどいませんでしたが、持ち前の歌唱力で日に日にファンが増え、最後の路上ライブの日には台風直撃の悪天候にもかかわらずファン7500人が駆け付けたという伝説を残しています。
ゆずはその後1997年に「ゆずの素」でインディーズデビュー、1998年1stシングル「夏色」でブレイクを果たし、同年リリースのミニアルバム「ゆずマン」でメジャーデビューを果たしました。
1stフルアルバム「ゆず一家」はミリオンセラーに近い売上を記録し、ネオ・フォークを発信する平成爽やかフォークデュオとして、新たなフォークのジャンルを確立しています。
北川悠仁の家族[父親・母親]
ここからは北川悠仁の家族についてお届けします。
北川悠仁の家族構成は父親・母親・兄・姉が3人の7人家族で、元フジテレビアナウンサーの高島彩と結婚したことで俳優の竜崎勝が義父に、元俳優の高島郷が義兄になりました。
北川悠仁の父親
北川悠仁の父親は北川和男という名前で、宗教法人「かむながらのみち」の会長を務めていました。
早稲田大学出身で、部品製造会社「北川精密工業」を営みながら宗教家としても活動していましたが、2008年6月10日に病気のため76歳で死去しました。
2009年にゆずがリリースしたシングル「逢いたい」は、北川悠仁が父親に捧げた曲です。
ゆず「逢いたい」 - YouTube
出典:YouTube
北川悠仁の母親
北川悠仁の母親、本名・北川敬子は、宗教法人「かむながらのみち」の教主・北川慈敬という名前で宗教家として活動しています。
母親は1937年に大阪で生まれ、宗教団体「解脱会」に入会し、1999年に解脱会を離れて「かむながらのみち」を創立しました。
宗教家としての活動は後述で詳しくお届けします。