
相川七瀬と織田哲郎の仲や関係!エピソードまとめ
1990年代から2000年にかけて絶大な人気を誇った相川七瀬さんですが、今の相川七瀬さんがあるのは織田哲郎さんのお陰と言っても過言ではないのです。
そこで今回は、相川七瀬さんと織田哲郎さんの仲や関係について、エピソードと共にまとめました。
しかしその後、相川七瀬さんはデビューが近い同期のアーティストの活躍やランキングが気になり歌えなくなると、この時“下降して売れなくなったではなくて、長い音楽人生の中でアップダウンがあっても続いていく道のひとつだ”と織田哲郎さんが言ってくれたことでが救いとなったのです。
そして織田哲郎さんの助言により2000年に布袋寅泰さん、2003年から岡野ハジメさんをプロデューサーに迎えた相川七瀬さんは、25周年を迎えた現在も第一線でアーティストとして活躍出来ているのです。
下降して売れなくなったじゃなくて、長い音楽人生の中でアップダウンがあっても続いていく道のひとつだって。織田さんの言葉があったからやってこられた」
「5年はやめないでやろう」。デビュー当初の約束を過ぎた2000年に布袋寅泰、03年に岡野ハジメをプロデューサーに迎えるが、これも織田の助言から。
相「布袋君とやれたらいい刺激になるとか。楽曲やバンド陣についても、こういうギターを弾ける人がいるとかアドバイスいただいて、遠くから全体をプロデュースしてくれているような感じで」
現在は“家族”のような仲
そんな相川七瀬さんはデビューしたての頃に織田哲郎さんから貰ったマイクスタンドを今でも大切にしており、2021年の相川七瀬さんの25周年ツアーにはそのマイクスタンドと共に織田哲郎さんらとステージに立ったのです。
出典:YouTube
まとめ
いかがでしたでしょうか。
この記事では、相川七瀬さんと織田哲郎さんの仲や関係について、エピソードと共にまとめました。
1度は歌手を諦めた相川七瀬さんですが、オーディションで審査員を務めた織田哲郎さんに見出されると、織田哲郎さんプロデュースの『夢見る少女じゃいられない』でデビューしたという師弟関係だったのです。
そんな相川七瀬さんと織田哲郎さんは現在では家族のような仲だといい、相川七瀬さんにとって織田哲郎さんはなくてはならない存在だったのです。
そんな相川七瀬さんは以降も織田哲郎さんとタッグを組むと、5枚目のシングル『恋心』がミリオンセラーを記録し、以降も『トラブルメイカー』や『Sweet Emotion』など多くのヒット曲を世に送り出したのです。