
森信行の現在!くるり脱退理由・高校・結婚や嫁・今の活動まとめ
元くるりのメンバーでドラムを担当をしていた森信行さんの使用しているドラムや脱退理由、出身高校、そして結婚と嫁や現在の活動などをまとめてご紹介します。2006年に行った森信行さんの結婚式ではくるりのオリジナルメンバーと共に演奏もされました。
森信行さんのプロフィール
森さんは、元くるりのメンバーでドラムを担当していました。
小さいころから太鼓が好きだった森さんは、小学校3年生の時にクリスマスプレゼントでスネアドラムをもらいました。
大学は立命館大学に一浪をして入学し音楽サークル「ロックコミューン」に入って本格的にドラムに打ち込みます。
そのサークルでくるりのメンバーである岸田繁さんや佐藤征史さん、大村達身さんに出会ます。
くるり加入前はいくつかのバンドを経ています。くるりのドラマーが辞めたことで誘われバンドに加入しました。
1998年のシングル「東京」でメジャーデビューを果たした翌年に大学を卒業しました。
森信行さんが所属していたくるりとは
くるりは、1996年に立命館大学の音楽サークル「ロックコミューン」に所属していた岸田繁さん、佐藤征史さん、森信行さんの3人で結成されたロックバンドで1998年にシングル「東京」でメジャーデビューを果たしました。
フジロック・フェスティバルやライジング・サン・ロックフェスティバルなどのイベントに参加し精力的に活動し、2001年には初めて海外でのレコーディングを行いアメリカ東海岸ツアーなど海外でも活躍されています。
帰国後には、くるり主宰のレーベルであるNOISE McCARTNEY RECORDSを設立し、映画サウンドトラックの制作も行っています。
メンバーの加入・脱退を繰り返し3人体制で活動を続けており、2020年には「くるりライブツアー[特Q]」の開催や日比谷野外音楽堂公演を予定していました。
しかし、2019新型コロナウイルス蔓延の影響により中止になっています。
メンバー
森信行さんの使用しているドラム
くるり初期の頃に使用していたドラムは「パール・ドラム」で、現在はYAMAHA のエンドーサー、YD-9000(レコーディングカスタム グリーンスパークルの特注モデル)を使用しています。
森信行さんくるりを脱退した理由について
2002年にくるりを脱退した森さんはなんで脱退したのかでしょうか。
その理由は、「くるりの音楽性に対する理解の相違、グルーブ感の違い」からのようです。
脱退した後については、「これを機会にドラマーとしての自分を見つめ直し、次なるチャレンジを目指す」ということです。
音楽性の違いとありますが、森さんのバンドに対しての熱意が足りなかったということもあるようです。
このことについて岸田さんはこのように語っています。
「当時、俺ら、当たり前に全員技術が足りなかったし。メジャーって場所でやらせてもらっていたけど、プロかっつったら、まだプロじゃない。
そういう段階だったからこそ、技術うんぬんじゃなくて、どんだけその曲にエネルギーをかけられるかであったりとか、どんだけエモーションを込められるかであったりとか、そういうことを一番重視してた。
もっくんって、技術的には3人の中で一番持っていて何かこなすっていうか、そういう感じになっていた。」と明かしました。
そして、どうにかこの状態を良くしようと大学のサークルの先輩だったギタリストである
大村達身さんを加入させるも、森さんと大村さんの相性が合いませんでした。
ますますバランスが崩れていってしまったようです。
森さんも脱退について「自分なりには必死にやってましたけど、覚悟というか、戦っていくような感覚というのがあまりなくて。それまで音楽をやって楽しんできた、その延長線上でやっていたところはあったかもしれない。
そのことに気づいたのは、くるりを辞めて、いろんなバンドのサポートをやるようになって仕事としてドラムをやるようになった時に、「あぁ、なるほど」と。
やっぱりどこか2人に「のっかってた」ようなところがあったんだと思います」と語っています。
森信行さんの出身高校は川西北陵高等学校!
森さんの行かれていた高校は川西北陵高等学校で偏差値は49です。
高校の時は吹奏楽部に所属しパーカッションを担当し部長も務めていました。
川西北陵高等学校には、森さん以外にも俳優の松下奈緒さんやジャニーズの重岡大毅さんも同じ高校を卒業しています。
森信行さんの結婚と嫁について
森さんは2006年に結婚しており、その結婚式ではくるりのオリジナルメンバーと演奏したそうです。
奥さんについては、情報がなくどのような方なのかわかりませんでした。
ここまで情報がないのでもしかしたら奥さんは一般の方の可能性が高いと思われます。
生年月日:1975年
出身地:兵庫県
職業:ミュージシャン