
宇崎竜童の若い頃!昔の活躍や写真などを総まとめ
75歳になった現在も歌手・俳優・作曲家と第一線で活躍する宇崎竜童さん。
そこで今回は、宇崎竜童さんのプロフィールや昔の若い頃の活躍などについてまとめました。
宇崎竜童のプロフィール
宇崎といえばヒゲとリーゼント(オールバック)がトレードマークだが、「何十年もやっているこの髪型は、25分かかるんですよね~」「25分で偽装するんですね、宇崎を」とにやり。
劇中では白髪だらけのパーマがかかった役だが、病人ということでリーゼントに違和感があったそうで「病人になっても『(リーゼントを)するだろうか? しないよね』と思いました。それはあまりにも病人らしくない」と役作りについてこだわりを明かす。
宇崎竜童の昔の若い頃
母親の地元である京都で生まれた宇崎竜童さんですが、生後間もなく東京へ引っ越しています。そこでここでは、宇崎竜童さんの昔の若い頃についてご紹介致します。
小学生から音楽に触れ、大学では音楽漬けの日々
『ダウン・タウン・ブギウギ・バンド』としてブレイク
特に『港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ』の中のセリフ“あんたあの娘のなんなのさ”が流行語になるほど日本中に大ブームを巻き起こしたのです。
港のヨーコヨコハマヨコスカ - YouTube
出典:YouTube
作曲家として大成功
そんな宇崎竜童さんは伝説のアイドル山口百恵さんに、『横須賀ストーリー』を始め、『プレイバックPart2』や『イミテーション・ゴールド』、『ロックンロール・ウィドウ』や『しなやかに歌って』、『さよならの向こう側』など多くのヒット曲を提供し、山口百恵さんの全盛期を支えたのです。
若い頃の宇崎竜童。山口百恵との写真。ダウンタウン・ブギウギバンド時代(つまりサングラス時代)は不良あがりのイメージだったけれど、実は宇崎竜童はたいへんな真面目だったとか。
— ヘルベルト•フォン•スダヤン (@suda_yan) 2019年12月12日
せいぜい、担任が「ジャズは不良だ」と言うと「先生?これはロックンロールですよ」と反抗した程度w#ドクターX pic.twitter.com/uck0uuiNHQ
ソロとしても大活躍
また宇崎竜童さんは1975年に映画で俳優デビューすると、1978年の『曽根崎心中』と1982年の『TATTOO<刺青>あり』で主演を務め、以降も多くのテレビドラマや映画に出演し活躍したのです。
TATTOO「刺青」あり_予告篇 - YouTube
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さらに1981年にダウン・タウン・ブギウギ・バンドが解散すると、1984年から1990年までバンド『竜童組』を結成し、1993年から1998年まで元ザ・スパイダースの井上堯之と共に『宇崎竜童 & RUコネクション with 井上堯之』を結成し、精力的に活動しています。
竜童組 宇崎竜童 Live 1988/ ”Gaiya On The Road/カムイ”. from ”マリンピアくろいジャズ・フェスティバル 1988” - YouTube
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その後も宇崎竜童さんは自身の曲のリリースやライブ活動の他、他アーティストへの楽曲提供やプロデュース、映画・舞台音楽の制作なマルチに活躍したのです。
名前:宇崎竜童(うざきりゅうどう)
生年月日:1946年2月23日
出身地:京都府京都市
職業:歌手、俳優、作曲家、映画監督