TENN(ET-KING)の死因と遺書全文!自殺の真相・死去の現場も総まとめ
大阪の大国町出身のヒップホップ・ユニット「ET-KING」のMCをつとめていたTENNさん。
ET-KINGが活動休止して間もない2014年9月25日に、TENNさんは自殺により死去していますが、自殺の現場やその原因、公開された遺書全文とそれにより明らかになった自殺の真相についてまとめました。
TENN(ET-KING)のプロフィール
TENNが活躍したET-KINGの特徴と活動休止
1999年に大阪の大国町で誕生した「ET-KING」は、5MC+1DJ+1総合司会という異色のメンバー構成で、ヒップホップからロック、さらに歌謡曲や演歌までバラエティに富んだ音楽を関西弁で聴かせるJ-POPユニットです。
ライブ時はメンバー全員が「大阪大国町纒屋 ET-KING」と記された揃いの法被を身に纏い、まるでお祭りのようなハイテンションなパフォーマンスを繰り広げ、人気を博しました。
そんなET-KINGの代表曲と言えば…
ET-KING - 愛しい人へ - YouTube
出典:YouTube
2007年2月14日にリリースされたET-KINGの3rdシングル。
ET-KING - ギフト - YouTube
出典:YouTube
2007年9月12日にリリースされたET-KINGの4thシングル。心に刺さる歌詞と耳馴染みの良く覚えやすいメロディーで人気を博すと、たちまち結婚式で歌われる定番ソングとなりました。
しかし、同時期にリリースしたこの2曲のインパクトが強すぎたせいか、その後は次第に人気が低迷していったET-KING。
そして、2014年3月より11都市11公演に及ぶ「結成15周年記念全国ツアー」をスタートさせたET-KINGでしたが、翌4月29日に地元・大阪で行われた最終公演をもって一旦活動を休止しています。
活動休止を決めた理由については、メンバーは次のように説明していました。
「結成15周年を迎えるにあたり、メンバー全員で繰り返し話し合いを進めてきました。
自分達に、この先何が出来るのか?
7人で作る音楽の意味とは何なのか?
いま一度グループとしての活動を見直し、また一から新しいET-KING というものを作り上げていく、そんな時間が必要だという意見に達しました」
そんなET-KINGを、いときんさん、KLUTCHさんとともに立ち上げた初期メンバーの1人であるTENNさんの突然の訃報が報じられたのは、ユニットの活動休止からわずか5ヶ月後の2014年9月26日のことでした…。
TENNが突然の自殺により死去!現場は自宅駐車場の車内だった…
2014年9月25日の午前7時半頃、大阪市天王寺区にあるTENNさんの自宅マンションの駐車場にて、停車中の自家用車の車内で首を吊った状態のTENNさんを、妻である上原多香子さんが発見。
上原多香子さんはすぐに、近くに住むTENNさんの母親に連絡し、駆けつけた母親が119番通報するも、既に心肺停止の状態で、その場で死亡が確認されたと言います。
TENNさんと上原多香子さん夫婦とは家族ぐるみの付き合いをしていたという知人女性は、報道陣の取材に対して、その当時のTENNさんと上原多香子さんの様子について、次のように語っています。
TENNさんは前日24日昼、上原に「レコーディングがある」と言って自宅を出発。上原は夕食を作って夫の帰りを待ったが、なかなか帰らない夫はレコーディングが長引いたものと考え、先に就寝した。
朝目覚めた時には、TENNさんが帰宅した形跡がなかった。探しに行こうと駐車場へ向かったところ、自家用車内で変わり果てた夫を発見したという。
上原は「思い当たる節がない」と話したぐらいで、憔悴(しょうすい)しきり、ほとんど言葉を交わせない状態だという。
なお、TENNさんは、ET-KINGの活動休止以降も、同ユニットのメンバーであるセンコウさんとBUCCIさんの3人で「ヒロウモンズ」を結成し、自殺する直前まで地元大阪を中心に精力的なライブ活動を展開していました。
特に、自殺する前日である9月24日の昼頃にも、自身のブログを更新しており、「作る」というタイトルを付けられた生前最後のブログ記事には、次のような前向きとも思える言葉が綴られているんですよね。
「曲を、、0から生み出す作業。なかなか難しいが、出来上がりは嬉しい。さあ作りますか。」
やはり何もないところから、曲を創り出すことに苦労はされていたようですが、この文章を読む限り、そのことすら楽しんでいる様子がうかがわれ、とても自殺を図る直前の人が書いたものとは思えません。
また、その約1ヶ月前の8月23日には、嫁の上原多香子さんが結婚記念日を夫婦2人でお祝いする様子をブログで綴るなど、夫婦仲も良好だったと傍目には見えたのですが…。
TENNがファンに遺した遺書全文を公開
TENNさんが自殺した翌日の2014年9月26日には、生前のTENNさんがファンへ宛てた遺書の全文が、所属事務所の公式サイト上で公開されました。
その内容は次の通りです。
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本名: 森脇 隆宏(もりわき たかひろ)
生年月日: 1978年12月11日
出生地: 大阪府東大阪市
没年月日: 2014年9月25日(35歳没)
死没地: 大阪府大阪市天王寺区
身長: 164.9 cm
血液型: AB型
学歴: 桃山学院高校卒業
職業: ミュージシャン
所属ユニット: ET-KING
活動期間: 1999年 - 2014年[1]
配偶者: 上原多香子 (2012年 - 2014年)