
小林亜星の昔や若い頃!高校や大学(医学部)など学歴も総まとめ
『北の宿から』などで知られる作曲家の小林亜星さんですが、2021年5月30日に亡くなっています。
そこで今回は、小林亜星さんの昔の若い頃、そして高校や医学部と言われている大学など学歴についてまとめました。
小林亜星のプロフィール
小林亜星の昔の若い頃
昔から医者になることを強要されていた
祖父は医師、父は役人、母は劇団員という超がつくほどマジメな家庭で育った小林亜星さんは、昔から音楽や様々なことに興味を持っていたそうです。
そんな小林亜星さんはある日、『不思議の国のアリス』を古本屋で見つけ、“これちょっと見てよ、気に入っているんだ”と母親に渡すや否やその本で頭を叩かれ、『医者になれ!』と押し付けられていたそうです。
小学3年の時に、学校のそばの古本屋で見つけた『不思議の国のアリス』という本が、面白くて感激して。「これちょっと見てよ、気に入っているんだ」と本をオフクロに渡したら、いきなりその本でボーンと頭を叩かれちゃってさ。「世の中に不思議なんてことはないんだ!もっと物事を科学的に考えなさい!」って。これホントの話なんだから。
あの時はほんと頭にきた。僕が今のようになったのは、あれが一つのきっかけだったのかもしれない。あの一件以来、逆に不思議ということに、すごく憧れるようになっちゃったのだから。
オフクロに「医者になれ!」と押しつけられて
小林亜星の学生時代
しかしあまりの反響にお店の前に写真が出たことで、学校にクラブで演奏していたことがバレた小林亜星さんらは、1か月間停学処分となり、父親からこっぴどく怒られギターを壊されてしまったそうです。
店の前を通りかかった学校の先生が僕らのステージの写真を目にしてクラブで演奏していることがバレちゃってさ、1か月間停学処分になっちゃった。「お前“友達の家で勉強してる”なんて、ウソばっかりついて!」めったに怒らない親父がこの時は怒って。ギターを壊されて風呂のたきつけにされちゃってさ。こう振り返ると、理解のなかった親に、言いたいことは山ほどあるんだよ。
その後、高校に進学した小林亜星さんは、今度はクラシック音楽にはまるもピアノを買ってもらえないことが百も承知だったことから、画用紙にピアノの鍵盤を書いて、譜面を見ながら部屋でこっそり練習していたそうです。
そして大学へ進学した小林亜星さんはまたバンド活動を開始すると、毎晩のように進駐軍のキャンプに行って演奏し、大卒の初任給が1万円ぐらいのところ、一晩で2千円を稼げたことから、遊んでばかりいたそうです。
卒業後は就職するも退職し、音楽の道へ
1964年、作曲家デビューしブレイク
サワコの朝に小林亜星。レナウンのイラスト、小林亜星の妹さん作だったんだー。知らんかった。 pic.twitter.com/T9Rjbfhy8G
— マオ (@maostone) 2018年1月26日
レナウンCMソング(ワンサカ娘)/ シルヴィ・バルタン & 弘田三枝子 - YouTube
出典:YouTube
こうして作曲家としての才能を開化させた小林亜星さんは、以降も『日立の樹』や『チェルシーの唄』、『日生のおばちゃん』や『この木なんの木』など多くの人の耳になじんでいるCMソングを手掛け、1969年には第6回放送批評家賞(ギャラクシー賞)を受賞しています。
【追悼:小林亜星さん】この木なんの木~日立グループCMソング~日立の樹~【INSPi】作詞:伊藤アキラ / 作曲:小林亜星(歌詞付) - YouTube
出典:YouTube
そんな小林亜星さんはCMソングのみならず『怪物くん』や『ひみつのアッコちゃん』、『魔法使いサリー』など多くのアニメソングも多く手がけているのです。
また1971年にリリースした童謡『ピンポンパン体操』はオリコンの童謡チャート1位を獲得し、200万枚を超す大ヒットとなったのです。
【追悼】小林亜星さん名曲メドレー 1、秘密のアッコちゃん 2、ピンポンパン体操 3、北の宿から 4、どこまでも行こう 5、この木なんの木 6、チェルシーの唄 by ピアノ即興詩人かわせひろし♪ 横浜駅 - YouTube
出典:YouTube
俳優としてもブレイク
そんな小林亜星さんは以降も『サザエさん』や『花へろん』、『新仁義なき戦い 組長の首』や『HOUSE ハウス』など多くのテレビドラマや映画に出演し人気を博したのです。
名前:小林亜星(こばやしあせい)
生年月日:1932年8月11日
出身地:東京都渋谷区
職業:作曲家
没年月日:2021年5月30日